日本のミジンコ、実は全員たった4個体の子孫だった話
- ⏱ 約7分で読めます - 👁 … views田んぼや池を覗くと、プランクトンネットですくえばまず入ってくる生き物、ミジンコ。理科の教科書にも出てくるくらい身近な存在です。
最近Facebookで星の写真に混じって、微生物の写真が流れてくるようになりました。そこに見慣れたミジンコの写真があり、ちょっと内部構造を知りたいと思って調べ始めました。
そもそも「ミジンコ」と聞くと、なんとなく単細胞生物か、プランクトンという曖昧な括りの生き物を想像していたのですが、調べてみると甲殻類でした。エビやカニと同じ仲間ということになります。あの透明な殻の下で忙しく動いている脚は、れっきとした甲殻類の脚だったわけです。身近すぎて、逆に何者なのかちゃんと考えたことがありませんでした。
調べていくうちに、もっと驚くことが分かりました。東北大学の占部城太郎教授らの研究グループが2015年に発表した論文によると、日本中にいる Daphnia pulex(ミジンコの一種)の起源には、2つの意味で驚かされます。
驚き其の一:全員、たった4個体のクローンだった
遺伝子解析の結果、日本中のミジンコは、たった4種類のミトコンドリア遺伝子型(JPN1〜JPN4と名付けられた4クローン)に絞り込まれました。
ミジンコはもともとメスだけで増える単為生殖という繁殖方法を使う生き物です。オスと交尾しなくても、メスが自分のコピーを産み続けられます。研究チームが飼育実験で確かめたところ、日本に定着したミジンコはいずれも雄と交尾することなく休眠卵を産む「絶対単為生殖」で、有性生殖の能力そのものを完全に失っていました。最初にやってきた4個体それぞれが、そのままクローン軍団として増殖し、日本中の水辺に広がっていったことになります。
驚き其の二:その4個体は北米からやってきた
しかも、この4個体は日本古来の生き物ではありませんでした。遺伝子解析の結果、北米原産の Daphnia pulicaria との交雑に由来する外来種であることが分かったのです。田んぼの生き物として当たり前に扱われてきたミジンコが、実は在来種ではなかったわけです。
侵略的な外来種というと、セイタカアワダチソウやアメリカザリガニのような目立つ存在を思い浮かべますが、ミジンコのように顕微鏡サイズで気づかれないまま定着した外来種もいるということになります。
東北大学のプレスリリースのタイトルも「ミジンコはたった4個体を起源とする北米からの帰化種だった」というもので、2つの驚きを1つの見出しに凝縮しています。研究者自身がこの意外性を前面に出しているわけです。
いつ、どうやって渡ってきたのか
研究では、広域に分布する2系統(JPN1・JPN2)は約700〜3000年前に日本に侵入したと推定されています。残り2系統はもっと新しい時期の侵入と見られています。数千年という時間軸で見れば、人間の歴史とそう変わらない期間です。
3000年前というと日本はまだ縄文時代、700年前でも鎌倉時代あたりです。幅はありますが、いずれにせよ日本と北米大陸のあいだで人が行き来していた時代ではありません。遣唐使どころか、大陸との定期的な交流すら始まっていない時期に、太平洋の向こうから生き物がやってきたことになります。
北米側も、3000年前はまだ文字記録のない先史時代、700年前でもコロンブスの大陸間航海より150年ほど早い時期です。日本側から見ても北米側から見ても、海を越えた人の往来などまだ存在しない時代ということになります。研究チーム自身、この点を「どうやってたった数個体が太平洋を越えてきたのか」という謎として提示しており、確定した渡来経路を示しているわけではありません。
ここから先は一般論としての推測になりますが、有力な候補は渡り鳥です。ミジンコの仲間は環境が悪化すると殻に覆われた耐久卵(休眠卵)を作り、乾燥や低温に耐えて長期間休眠できます。この耐久卵が水鳥の羽や足に付着したり、鳥に食べられても消化されずに糞から排出されたりして、離れた水域まで運ばれる例は実際に報告されています。海外の研究では、オナガガモやマガモなど複数の水鳥の糞から、孵化能力を保ったミジンコ類の耐久卵が見つかっています。人間の交易ルートに頼らずとも、渡り鳥のフライウェイに乗れば大陸をまたぐ移動は十分に説明がつきます。
つまり「船の水につかまって密航した」という人為的なルートよりも、「渡り鳥のお腹に入って空を飛んできた」という自然のルートの方が、侵入時期の古さとは整合的に見えます。ただし、これはあくまで一般的なミジンコ類の分散メカニズムから推測できる可能性であり、日本のこの4個体がそうやって渡ってきたと直接証明されたわけではないです。実際、東北大学のプレスリリースはこの渡り鳥説に一歩踏み込んだ留保を加えています。渡り鳥に定期的に運ばれてくるルートなら、もっと多くの、遺伝的に多様な個体が日本に侵入していたはずだというのです。今回見つかったのがたった数個体分の遺伝子型だけだったという事実は、むしろ渡り鳥による定期便的な移動という単純な説明とは食い違う、というわけです。
note:耐久卵はどのくらい休眠できるのか
ミジンコの耐久卵がどれくらいの期間、生きたまま眠っていられるのかは、実は「湖底の泥」を掘れば確かめられます。堆積物は年々降り積もって層になるので、深い層ほど古い時代の耐久卵が埋まっている。これを掘り出して孵化させ、過去の個体群を文字通り「復活」させて調べる分野があり、resurrection ecology(復活生態学)と呼ばれています。
実例として、約20年前の耐久卵で孵化率75%(Weider et al., 1997)、約120年前の耐久卵でも孵化に成功した例(Cáceres, 1998)が報告されています。総説論文をまとめると、目安としては「数十年から数世紀は生存可能」とされ、年数が経つほど孵化率は指数関数的に下がっていきます。
ただし、これはあくまで湖底で静かに眠っていた場合の話です。今回の記事で触れた「3000年以上前に太平洋を渡った」という渡来時期と、「耐久卵は数十年〜百年単位で孵化できる」という長期保存の話を直結させることはできません。渡り鳥に運ばれるのは空間的な移動の仕組み、堆積物中で何十年も眠れるのは時間的な保存の仕組みで、メカニズムが別だからです。3000年前の耐久卵が今も孵化能力を保ったまま漂っていた、という話ではありません。
クローンだらけの水槽
理科室の水槽にいるミジンコも、近所の田んぼにいるミジンコも、遺伝的には数千年前にやってきた4個体のどれかのコピーです。もっと言えば、目の前の1匹と、遠く離れた別の県の池にいる1匹が、実質的に「同じ個体」の複製である可能性すらあります。
生物多様性という言葉を聞くと、いろいろな遺伝子を持つ個体がたくさんいる状態を想像しがちですが、ミジンコの場合は逆でした。数を増やすことと、遺伝的な多様性を保つことは、必ずしも一致しません。
次にミジンコを見かけたら、「この子も、あの子も、大元をたどれば同じ4個体のどれか」と思うと、見慣れた生き物が少し違って見えるかもしれません。
参考文献
- So, M., Ohtsuki, H., Makino, W., Ishida, S., Kumagai, H., Yamaki, K. K., & Urabe, J. (2015) “Invasion and molecular evolution of Daphnia pulex in Japan”, Limnology and Oceanography. https://aslopubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/lno.10087
- 東北大学プレスリリース(2015年4月7日)「ミジンコはたった4個体を起源とする北米からの帰化種だった」 https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2015/04/press20150407-01.html
- Tian, Ohtsuki, Urabe (2019) BMC Evolutionary Biology. DOI: 10.1186/s12862-019-1453-9
- 水鳥による耐久卵の媒介に関する一般知見:PNAS (2020) https://www.pnas.org/content/117/27/15397
- 耐久卵の長期休眠に関するresurrection ecologyの総説:Burge et al. (2018) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5748527/