情シスがいない町工場が、生成AIで一番困ること:「聞ける人」がいない問題への処方箋
- ⏱ 約7分で読めます - 👁 … views見積書の備考欄で手が止まる。求人を出しても応募が来ない。ベテランが辞めたら、あの機械の段取りを誰も知らない。
そんな夜、スマホでChatGPTを開いてみたことがある町工場の経営者は、たぶん少なくないと思います。「値上げのお願いメール 書き方」とでも打ち込んで、出てきた答えをコピーしてみる。悪くはありません。でも、何かが違う気がする。もう一度打ち直してみると、今度は逆に他人行儀すぎる文面になってしまう。
ここで大抵の人は、そっとアプリを閉じます。
隣に誰もいない、という一番の壁
大企業なら、この段階で情シス担当や若手社員に「これ、どう使えばいいの」と聞けます。聞かれた側も、多少なりとも生成AIをかじっている。うまくいかない理由をその場で教えてくれますし、「こう言えばもっと良くなりますよ」と直してくれます。
町工場にその相手がいません。従業員5人、8人という規模では、そもそも情シスという役職が存在しない。パソコンに詳しい人が偶然いればいいのですが、いなければ、社長が一人でスマホと向き合うことになります。うまくいかなかったとき、「自分のやり方が悪いのか、道具が悪いのか」を確かめる術がない。それが一番きついところだと思います。
これは、能力の差ではないと思います。相談相手がいるかどうかの差です。実際、AIを全社的に活用している中小企業はわずか1.3%で、大企業(19%)の15分の1にとどまります(日経BP調査、日本経済新聞2026年10月30日)。技術や予算の壁というより、「何に使えばいいか分からないまま、一人で抱えている」人が大半だと考えたほうが実情に近いのではないでしょうか。
この孤独感をどうにかできないかと考えて、『町工場のための生成AI読本』という一冊をまとめました。良い問いの立て方に「C.R.A.F.T.」という型を置き、見積書からクレーム対応まで、現場の10の場面で実際のやり取り例を示しています。「一人で聞く」ことを前提に組み立てたのは、まさにこの壁を意識したからです。
「隣にいる人」の代わりになる型がある
生成AIへの指示は、社員さんへの仕事の指示と何ら変わりません。適切な指示をすれば、期待に沿った結果が返ってきます。逆に言えば、指示が雑なら、返ってくる答えも雑になるだけです。
「お詫びのメール書いて」とだけ打つと、誰にでも送れそうな当たり障りのない文面が返ってきます。一方、「10年来の取引先に、納品が3日遅れる件について、丁寧な文章が得意な事務担当として、お詫びメールを書いてください。200字ほどで、言い訳がましくならないように。原因は加工機の故障、代替の手配は済んでいます」と背景まで渡すと、初めての取引先だと伝えただけで、生成AIが自分から「図面変更時は再見積もりになる」という予防線まで加えてくれます。
隣に経験者がいれば、「もう少し背景を教えてよ」と自然に聞き返してくれます。生成AIとのやり取りでは、その聞き返しを自分で先回りしてやる必要があります。読本では、その先回りを「C.R.A.F.T.」という型にまとめました。Context(背景)・Role(役割)・Action(注文)・Format(形)・Tone(口調)の頭文字です。
現場の10場面、聞ける人がいなくても迷わない道筋
見積書から法令対応まで、町工場で実際に起きる10の場面を取り上げました。共通しているのは、型さえ知っていれば専門家がいなくても最初の一歩を踏み出せる、という設計です。
文章仕事を任せる場面
見積書・請求書の備考欄は、数字は自分で決め、その周りの言葉を生成AIに任せることで片づきます。「初めての取引先」と一言添えるだけで、トラブル予防の一文を先回りして加えてくれます。
取引先へのメールは、値上げ交渉のような言いにくい用件ほど効果が出ます。要点を①②③と箇条書きで渡すだけで、失礼のない一通に組み立ててくれます。
求人票づくりでは、「まず私に質問して」と頼むのが利きます。採用担当が不在の会社でも、生成AIが逆に質問を返してくることで、自分では気づかなかった自社の魅力を引き出してくれます。
作業手順書は、町工場でこそ効く使い方です。ベテランが口で説明した手順をそのまま貼り付ければ、番号付きの手順書に清書されます。技術継承の相談相手が社内にいなくても、話すだけで一本の手順書ができあがります。
クレーム対応は、カッとなって返信する前に、生成AIに冷静な下書きを作らせるのが有効です。謝るべき点と確認したい点を切り分けてくれます。
数字と向き合う場面
補助金・助成金の申請文書は、「現状の課題→解決策→期待効果」の型で骨組みを作れます。ただし制度名や金額は年度で変わるため、生成AIの答えは「あたりをつける」段階にとどめ、公式の公募要領や商工会議所で必ず確認する必要があります。
AI投資そのものの是非も、数字で判断できます。ツール費用を時給で割れば「元が取れる作業時間」が出ます。デザイナーやプログラマを新たに雇うほどの業務量はないけれど、外注のたびに調整コストがかさむ。そんな中間領域を、月数千円のツールで埋められないか検討する材料になります。
表計算は、関数名を覚えていなくても、「エクセルの初心者です」と伝えれば、どのマスに何を打てばいいか手順を教えてくれる家庭教師になります。
一人で抱えがちな相談ごと
経営の壁打ちでは、「厳しめに指摘して」と頼むことで、遠慮のない反対意見を引き出せます。社員には相談しにくい経営判断を、一人で抱え込まずに済みます。
安全管理・法令対応の下調べも、「専門家に確認するためのチェックリストがほしい」とゴールを先に伝えれば、断定を避けた形で論点を整理してくれます。労基署や社労士への相談前の準備として使えます。
型を知っていても、最後は人が確かめる
読本の中で繰り返し書いたのは、数字・金額・法令・日付など「正確さが命」の部分は、必ず人が確認するという線引きです。生成AIは有能な下書き係ですが、責任を取るのは常に人。この原則は、情シスがいてもいなくても変わりません。
ただ、情シス不在の現場ではもう一つ、見落とされがちな論点があります。取引先の契約金額や、まだ公開していない図面のような機密情報を、社内ルールがないまま個人判断で入力してしまう「シャドーAI」の問題です。ある調査では7割の企業に社内ルールがないという結果が出ています。相談したいときは、社名や金額を「A社」「〇〇円」とぼかせば十分に使える場面が多いものです。何を入力してよく、何を入力しないかを、一枚のルールにしておくだけで、この不安はかなり軽くなります。
型を、一人で覚えるのではなく
C.R.A.F.T.も、10の場面のひな型も、読んだだけでは身につきません。自分の会社の見積書やメールで実際に打ち込んでみて、「もっと短く」「もっと丁寧に」と言い直してみる。その一往復ができた瞬間、初めて自分のものになります。
ただ、その最初の一往復を、誰にも聞けないまま一人でやるのは心細いものです。うまくいかなかったとき、隣で「ここをこう直せば」と言ってくれる人がいるだけで、次を試す気になれます。
実際、ある町工場の社長さんに、この研修をマンツーマンで体験してもらっています。最初は「ランディングページが作れる」と聞いても、どうすれば作れるのか全くイメージできなかったそうです。それが、実際に自分で手を動かしている横で説明を受けるうちに、「こんなに簡単に作れるのか」「あれもこれも作れるな」と感触が変わっていきました。作り終える頃には、作る際に何が重要になるかも理解できた、という感想をいただきました。
隣に人がいるというのは、こういうことだと思います。当社は、生成AIに限らずIT全般について、「聞く人がいない」を「聞ける人がいる」に変えることを軸に、町工場に寄り添う形で事業を進めています。今回の読本と研修会も、その一つです。
研修会では、この読本に加えて、Claude Desktopの使い方を網羅した虎の巻や、部門別の活用事例集、機能の使い分けガイドなど、段階に応じた教材一式もお渡ししています。C.R.A.F.T.の型を、その場で自社の案件に当てはめながら練習し、疑問はその場で聞けます。
あの夜、そっとアプリを閉じた社長さんに向けて、もう一度言いたいのです。今度は閉じなくていい。隣に、聞ける人がいます。
関心のある方は、お問い合わせください。