町工場とAI——「職人の右腕」という答えにたどり着くまで
- ⏱ 約8分で読めます - 👁 … viewsうちのような、デスクワーク中心のソフト開発会社では、エージェンティックAIによる開発作業の効率化は目覚ましいものがあります。コードレビュー、ドキュメント生成、テスト自動化——気づけばAIなしの開発フローが想像できないくらい、日常に溶け込んでいます。
では、同じことが町工場でもできるのか。旋盤や工作機械が並ぶ現場に、AIはどう入っていけるのか。これが今、自分の中で気になっているテーマです。
ただ、調べ始めてすぐに気になったことがあります。QiitaやnoteでAI活用を発信している町工場の経営者は、ごくごく一部の人たちです。そういう人たちは、多少なりとも心に余裕がある。情報を集め、試して、記事を書く時間がある。
でも大半の経営者は、そんな暇がありません。毎日の受注対応、納期のやりくり、材料の手配——頭の中はそれでいっぱいで、「AI?なにそれ、美味しいの?」という感じで、興味を持つ隙間すらない。現場の人たちはもっとそうで、加工機の段取りや製品の検査で手が回らない状況の中、新しいツールを試すなんて話は遠い世界の話です。
発信できる人たちの事例は参考になるし、希望にもなります。でも本当の課題は、そこじゃないところにある。情報発信もできないくらい忙しい、大多数の現場にどうやって光を当てるか——これが出発点だと思っています。
思えば一昔前、「町工場のWebブランディング」というキーワードがありました。自社サイトを持つことで、それまで地域や人脈の範囲でしか仕事が来なかった工場が、全国から問い合わせを受けるようになった。今では小さな工場でも自社ホームページを持つのは当たり前になっています。あのときの変化と、今のAIの話は、構造が似ているなと感じています。最初は一部の先進的な人たちが使い始め、やがて「使わないと損」という空気になって、気づけば当たり前になる。次の波はAIだと思っています。
その波の先頭にいる人たちが、今どんなことを言っているのか。QiitaやnoteでAI活用事例を発信している町工場の経営者たちを読み込んでいくと、言い方は違っても、だいたい同じ言葉に行き着きます。「AIが職人の右腕になる」「AIに雑務を任せて、自分はものづくりに集中できるようになった」——というやつです。
最初は「いい話だな」くらいに聞き流していたんですが、調べれば調べるほど、この表現がすごく本質を突いているなと感じてきました。
「15倍の格差」という数字
中小企業(従業員300人未満)でAIを全社的に活用している企業は、わずか1.3%だそうです。大企業が19%なので、15倍の差がある。
この数字を見て、どう受け取りますか?
「中小企業はAIを使えていない、遅れている」という読み方が一般的だと思います。でも別の読み方もあって、「98.7%の中小企業にとって、AIはまだ自分事になっていない」ということでもあります。
なぜ自分事にならないのか。AIの情報は溢れていますし、ChatGPTはスマホさえあれば使えます。費用的な問題だけでは説明できません。
答えの一つは「何に使えばいいか分からない」という壁です。ある4人規模の町工場の社長が、AIを試験導入した際にこう言っていました。「直感的に使えることが大事。でも、何に使えばいいか、具体的な場面の提示が課題だ」と。
すごく正直な言葉だと思います。
町工場が本当に抱えている3つの問題
Qiitaやnoteで発信されている当事者の声を読んでいくと、問題は3つに絞られてくる気がします。
人がいなくなっていく問題。後継者がおらず廃業する工場が増え続けています。ある記事では「周囲の工場の25%が5年でいなくなった」と書かれていました。人だけでなく、技術もいっしょに消えていく。長年磨き上げた加工のノウハウが、ある日を境に世の中から消える。これが今、静かに進んでいます。
人を採れない問題。若い人が来ない理由について、「3K(きつい・汚い・危険)だから」という定説に疑問を投げかける記事がありました。本質は「もともとものづくりが好きで入ってきた人がほとんどいない」という構造的な問題で、高卒の就職制度が職業のミスマッチを生んでいると分析していました。なるほどと思わされる視点でした。
人手が足りない問題。後継者問題とは別に、日々の業務を回すための人手が足りない。受注・見積もり・材料発注・客先対応——職人が本来集中すべき加工作業の周辺に、大量の事務仕事がへばりついています。
この3つを重ねて見ると、「AIが職人の右腕になる」という言葉の意味が、もう少し具体的に見えてきます。
「右腕」という役割設計
AIが職人そのものを代替するのは、今の技術では難しいですし、方向性も違います。ミクロン単位の精度、材質の手触り、機械の微妙な音——これらを体で知っている職人の価値は、まだしばらく変わらない。
でも、その職人が一日の3時間を見積書の作成と客先メールの返信に使っているとしたら、それはもったいない話です。
大阪の町工場社長・Kurata氏は、AIツールを使って「作業指示書のスキャン自動登録・材料管理のQRコード化・議事録自動作成」を実現しています。彼が背景として語っていたのが、「15年間の3S活動(整理・整頓・清掃)がAI活用の土台になった」という話でした。
これも印象に残る言葉でした。AIを入れれば何かが変わるのではなく、整理されていない情報・整頓されていない業務フローにAIを乗せても、うまく機能しない。「設計なき導入は高価なExcelを量産するだけ」という話と、構造が同じです。
技術継承という、もう一つの使い道
もう一つ、調査を通じて気づいたことがあります。
「84歳社長が死んだら終わる会社」という強烈なタイトルの記事がありました。ステンレス製品のオーダーメイド製造をしている会社で、バブル期は年商10億円・従業員50人超だったのに、今は「あと5年で全員引退、全技術が消える」という状況だそうです。
この記事を読んでから、AIの「暗黙知の記録」という使い道が急に現実感を帯びてきました。
愛知県の小さな工場が試験導入した「作業動画から手順書を自動生成するAI」は、まさにこの問題への答えです。職人が作業している動画を撮る。それをAIが見て、手順書を自動作成する。「初心者にも分かりやすい」と成果が出たそうです。
記録に残らなかったために失われていく技術と、それを記録するコストの問題——その間を、AIが埋めてくれるかもしれない。そう思ったら、なんか胸に来るものがありました。
リスクの話もしておかないといけない
楽観的な話ばかりでは不誠実なので、懸念点も書いておきます。
今月(2026年5月)のQiitaでホットな話題として「シャドーAI」という問題があります。IT部門の許可なく、従業員が生成AIを業務に使い始めている現象です。ある調査では「社内ルールなしが7割」という数字が出ていました。
町工場でも同じことが起きる可能性があります。若手の社員が良かれと思ってChatGPTに顧客の機密図面を貼り付けて「この加工工程を最適化して」と聞く——この行為の危険性が、現場に伝わっていないケースは多いと思います。
もう一つ、工場設備のネットワーク接続のリスクもあります。IoT化・AI連携を進めるほど、設備がネットワークにつながります。アサヒビールのランサムウェア被害事例が示したのは、「ランサムウェアは工場の機械を直接止めるのではなく、受注・配送・認証システムを止めることで間接的に工場を停止させる」という構造でした。IT化を進めることと、セキュリティ対策をセットで考えること。これは今や、切り離して考えられない話です。
そして見落とされがちなのが、AIツールそのものを狙ったサプライチェーン攻撃です。AIの界隈でも、悪意のあるコードを仕込んだOSSライブラリや、偽装したAIモデル・プラグインが配布されるケースが出てきています。「信頼できるツールのはずが、実は改ざんされていた」という経路で、気づかないうちにシステムに侵入される。ソフトウェア開発の現場でも深刻な問題になっていますが、AIを業務に取り込んでいく町工場にとっても、他人事ではありません。導入するAIツールの出所や更新経路を確認する習慣は、これから必要になってくると思っています。
「何を守りたいか」から始める
調査を通じて感じた結論を、最後に書かせてください。
町工場のAI活用は、技術の問題より前に「何を守りたいか、何を残したいか」という問いが来る、と思っています。
職人の技術を記録して残したいのか。少ない人手で回せる業務フローを作りたいのか。受注ルートを広げたいのか。後継者に引き継げる仕組みを作りたいのか。
答えによって、使うべきAIの種類も、始める場所も、変わってきます。
「AIを導入する」ではなく「AIで何を実現するか」から考え始めること——これが、先行している町工場の経営者たちに共通している姿勢だと感じました。
大阪の社長が言っていた「まずやってみる実行力が町工場の強みだ」という言葉、なんか好きです。完璧な計画を立ててから動くのではなく、小さく試して、現場で学んで、直していく。ものづくりの現場でずっとやってきたことを、AIでも同じようにやる。それが一番、町工場らしいんじゃないかと思います。
この記事は、Qiita・note・各種ブログの公開記事を調査・分析した内容をもとに執筆しています。