会社の秘密を外に出さずに、ISOの相談相手をパソコンの中に作る — 町工場のためのAI活用記
- ⏱ 約12分で読めます - 👁 … views取引先に「ISO 27001を取ってくれ」と言われて、頭を抱えている町工場の社長さんはけっこういます。
何をどうすればいいのか分からない。コンサルに頼むとお金がかかる。かといって、自社のセキュリティの弱点を、ChatGPTのような外部のAIにそのまま打ち込んで相談するのも気が引ける。
そこで、自分のパソコンの中だけで動く「ISOの相談相手」を作れないか試してみました。会社の情報を一切外に出さずに、手元で気軽に「これってマズいですか?」と聞ける相手です。AIに詳しくない人にも雰囲気が伝わるように、専門的な話はなるべくかみ砕いて書きます。
実は4月くらいから、次期開発案の試作としてちょこちょこ手を動かしてきました。試しては直し、を繰り返して、ようやく「まあまあ使えるな」と思えるところまで来たので、その記録としてまとめてみます。
そもそもISO 27001って何?
ひと言でいうと、「うちの会社は情報をちゃんと守る仕組みを持ってますよ」と、外に対して証明できる仕組みです。取引先、とくに大手や官公庁の仕事を受けるときに「これを取っていないと発注できない」と言われることが増えてきました。だから町工場でも、無関係ではいられなくなっています。
審査では「お客さんの図面や個人情報をどう守っているか」「もし漏れたらどうするか」を細かくチェックされます。この「どこにどんな危なさがあって、どう手を打つか」を洗い出す作業を、リスクアセスメントと呼びます。本記事で作ったAIは、主にこのリスクアセスメントの相談相手です。
ここでひとつ困ったことがあります。リスクアセスメントで扱う中身は、けっこう生々しいんです。「あのパソコンは古いセキュリティ対策のまま放置されている」「外注先との契約に大事な取り決めが抜けている」「辞めた社員のIDがまだ生きている」——要するに、会社の弱点そのものを書き出すことになります。
その弱点リスト、外のAIに渡して大丈夫?
ここが今回いちばんこだわったところです。会社の弱点を書き出したリストは、見方を変えれば「どこを狙えば入り込めるか」という、泥棒へのヒント集のようなものです。
これをChatGPTのような外部のAIサービスに打ち込むと、その内容は自社の外、よそのサーバーに渡ります。多くのサービスは「入力された内容を保存しません」とうたっていますが、いったん外に出した以上、こちらでコントロールはできません。
セキュリティを良くするための作業で、逆に弱点を外に漏らしては元も子もありません。相談相手のAIが情報の漏れ口になってしまったら、守るはずのお客さんや社員を危険にさらすことになります。だから「会社の情報は一切外に出さない。全部、自分のパソコンの中だけで完結させる」。これを最初の絶対条件にしました。少しくらい賢さが落ちても、手元で動くAIでどこまでやれるかを試す価値はある。そう考えて始めたのが、今回の取り組みです。
そもそもISO 27001って、いくらかかるの?
町工場の社長さんとこの話をすると、だいたい最初に出るのが「で、いくらかかるの?」です。取引先から「ISO 27001を取ってくれないと取引が続けられない」と言われて、初めて中身を調べ始める、というパターンが多い。
ざっくりの相場を書いておきます(機関や会社の規模・拠点数で大きく変わるので、あくまで目安です)。
- 審査費用(認証機関に払うお金): 初回でおよそ30万〜100万円。以降、毎年の維持審査が初回の3分の1くらい(30万円前後)、3年ごとに更新審査がかかる
- コンサル費用: 自分たちで進めるなら不要だけど、書類作りから運用まで手伝ってもらうと、取得まででおよそ50万円〜、運用の継続サポートを入れると年100万円を超えることも
つまり最初にまとまったお金が出ていって、そのあとも毎年お金と手間がかかり続けます。小さい会社にとっては、これは決して軽い負担ではありません。
ここで効いてくるのが「自分たちでどこまで分かるか」です。コンサルに丸投げするほどお金は増える。逆に、リスクアセスメントや「何が不適合になるのか」を社内で理解できれば、コンサルに頼る範囲を減らせます。社長さんや担当者が手元で気軽に「これってマズい?」と相談できる相手がいれば、外に払うお金を抑える方向に働きます。手元で動くISOの相談相手が欲しかったのは、こういう実利の面もありました。
これは「ISOだけ」の話で終わりません
もうひとつ、頭の片隅に入れておきたい動きがあります。国(経済産業省)が、サプライチェーン全体のセキュリティを評価する新しい制度(SCS評価制度と呼ばれています)を準備していて、2026年度の後半から始まる予定です。
ざっくり言うと、セキュリティ対策のレベルを☆3〜☆5の段階で評価する仕組みです。大事なのはここから。発注元の大企業が「どこに仕事を出すか」を決めるとき、これまでの価格や品質に加えて、このセキュリティ評価を選定基準にする流れが見込まれています。しかも対象は大企業だけでなく、サプライチェーンに連なる中小企業も含まれ得ます。
つまり、これからは「セキュリティができているか」が、そのまま受注の条件になっていく可能性があります。ISO 27001を取る・取らないという話だけでなく、もっと広く「うちはどこが弱くて、どう守っているか」を自社で説明できることが、取引を続けるための足腰になっていくわけです。
(この新制度とISO 27001がどう対応するかは、まだはっきり示されていません。国の検討では海外の別の基準も参照されています。なので「ISOを取れば自動的にクリア」とは言い切れない点には注意してください。)
ただ、土台になる考え方は共通しています。自社のリスクを洗い出し、弱点に手を打ち、それを説明できるようにする——ISO 27001で求められるこの基本ができていれば、新しい制度が来ても慌てずに済みます。手元に相談相手を置いて、ふだんから自社の弱点を把握しておくことは、その備えそのものです。
どうやって作ったか(ざっくりと)
技術の中身に深入りはしませんが、考え方だけ。
最初は、AI本体にISOの知識を丸ごと覚え込ませようとしました。でもこれは、覚えさせるのに時間がかかるうえ、ルールを直したいたびに教え直しになって、手間が重すぎました。間違いもなかなか減りません。
そこでやり方を変えました。AIに全部暗記させるのをやめて、ISOの知識を「資料集」として別に用意し、質問が来るたびにその中から関係ありそうなページを探してAIに渡すことにしました。社員が試験を受けるとき、暗記に頼らず手元の参考書を引きながら答えるのに近いイメージです。
この方式の良いところは、ルールを直したいときに資料を書き換えるだけで済むこと。AI本体には手を入れません。会社のルール変更や規格の改訂にも、ファイルを直すだけでついていけます。
AIの本体には、無料で使える小型のもの(パソコン1台で動くサイズ)を選びました。これで「全部パソコンの中で完結し、ネットの外には何も出ない」という最初の条件をクリアしています。
試験を解かせて点数を測る
性能を感覚で語ってもしょうがないので、審査員補の模擬試験を作って解かせました。多肢選択20問、記述5問、事例5問の計100点。事例問題は「ある病院の審査で見つかった4つの事実を、重大な不適合・軽微な不適合・観察事項のどれに分類するか」といった、実務に近い判断を問うものにしました。
なお、実際の審査員試験の問題は国内外とも公開されていません。守秘の対象なので、これは公開情報の出題範囲を参考に自分で作った模擬問題です。
最初に試験の全文を一度に渡して解かせた結果がこちらです。
| セクション | 得点 |
|---|---|
| 多肢選択(40点) | 40 |
| 記述(30点) | 約25 |
| 事例(30点) | 13〜18 |
| 合計 | 約80 / 100 |
知識を問う選択問題は満点。なのに事例問題がはっきり弱いんです。
どこでつまずいたか
事例問題の何が悪かったか。具体的には、こういう取りこぼしをしていました。
- 退職者のアクセス権限が消されないまま残っていて、しかも同じことが過去1年で3回起きている。これを「軽微」と判定しました。
- 前回の審査で指摘された是正処置が機能しておらず、同じ不備が再発している。これも「軽微」としました。
審査の実務では、同じミスが繰り返されていたり、前回の対策が効いていなかったりするのは、仕組みそのものが回っていない証拠なので「重大」と見ます。ところがAIは「実際の被害が出ていないから軽い」という、浅い判断に流れていました。
最初は「知識が足りないのだろう」と思い、参考資料にルールを書き足しました。効きませんでした。次に「資料をうまく拾えていないのだろう」と思い、大事なルールは毎回かならず読ませるようにしました。これも効きませんでした。
原因は知識でも資料の渡し方でもありませんでした。問題を一度に全部渡すと、AIは後半の難しい問題で集中力が切れて雑になるんです。30問を一気に背負わせると、最後の事例問題に取りかかる頃には注意が散ってしまう。人間が長い試験の終盤で集中を欠くのと、似たようなことが起きていました。
1問ずつ渡したら点が伸びた
だったら、と試したのが単純な作戦です。問題を1問ずつ、別々に解かせる。 1問解いたら前の問題のことはいったん忘れさせて、まっさらな状態で次の1問を渡す。これだけです。
結果はこうなりました。
| セクション | 一括で渡す | 1問ずつ渡す |
|---|---|---|
| 多肢選択 | 40 | 40 |
| 記述 | 約25 | 28 |
| 事例 | 13〜18 | 24 |
| 合計 | 約80 | 約92 |
10点以上上がりました。伸びたのはまさに事例問題で、さっき取りこぼしていた「3回くり返している」「前回の対策が効いていない」を、今度はちゃんと「重大」と見抜けました。1問だけ渡せば、AIの注意はその問題に集中します。中身のAIも知識も同じまま、渡し方を変えただけでこれだけ変わったわけです。
念のため、別の業種を題材にした2本目の試験でも同じことをやりました。やはり一括で約84点、1問ずつで約94点と、10点前後の改善がそのまま再現しました。たまたまではなく、渡し方そのものが効いていると考えてよさそうです。
いい話だけではありません
ただ、この「1問ずつ」にも弱点はあります。
1問ずつにすると、時間が8倍くらいかかります。 一括なら6分で終わる試験が、1問ずつだと50分近く。パソコン1台で動かしている小型のAIなので、1問あたり2〜3分はかかり、30問だとそうなります。じっくり相談する用途なら問題ないですが、せっかちな人には向きません。
ただ、これを「遅い」と言えるかは見方しだいです。同じ100点満点の試験を人間が本気で解けば、考えたり書いたりで軽く2〜3時間はかかります。実際、この手の審査員の試験は2時間の筆記、というのが普通です。それを思えば、AIが50分で30問ぜんぶに答えを返してくるのは、むしろ速いほうです。しかも文句も言わず、深夜でも何度でも付き合ってくれます。
それと、全体をまとめて結論を出す問題は苦手なままでした。「ここまでの判定を踏まえて、認証を続けていいか総合的に述べよ」という問題で、個別には「重大」と言っていたのに、まとめでは「続けてよい」と書いてしまう矛盾が出ました。1問ずつ解かせると、前の問題で自分が出した答えを覚えていないからです。積み上げて結論を出すタイプの問いには、別のやり方を考える必要があります。
パソコンの性能の話も正直に
「もっと賢い大きなAIを使えばいいのでは」と思うかもしれません。実際そのとおりだと思います。ただ、大きくて賢いAIほど、動かすのに高性能なパソコン(とくにたくさんのメモリ)が要ります。今回使ったのは手元のノートパソコン1台で、ここに載せられるAIのサイズには限りがありました。今の機械だと、いちばん賢いクラスは荷が重すぎて動きません。
だから今回の結論は「もっと賢いAIに買い替える」ではなく「小さいAIでも、渡し方を工夫して賢く働かせる」になりました。お金や設備に限りがある環境ほど、こういう工夫が効いてきます。町工場の現場改善と、発想は同じですね。
やってみて思ったこと
整理すると、こんなことが分かりました。
- パソコン1台で動く小さなAIでも、ISOの知識を問う問題はほぼ満点で答えられる
- 苦手なのは「目の前の事実を見て、これは重大か軽微かを判断する」ところ。ここはAIの地力が出る
- その苦手も、問題を1つずつ小分けにして渡すと、目に見えて良くなる(今回は10点以上アップ)
- ただし小分けにすると時間はかかる。じっくり相談か、手早くか、用途で使い分け
賢く育てようと頑張るより、知識を外の参考書にして渡し方を整えるほうが、小さなAIとは相性が良かったです。少なくとも「会社の情報を外に出さずに、手元にISOの相談相手を持つ」という当初の目的には、十分使えるところまで来ました。
完璧ではありません。最後の総合判断のような難しいところは、まだ人の目でのチェックが要ります。でも「コンサルに全部聞く前に、まず手元で当たりをつける」くらいの使い方なら、十分役に立ちます。外に払うお金と、自社で抱える不安、その両方を少しずつ減らせる道具です。
正直なところ、そろそろパソコンを新しくしたいとも思っています。今の苦手な部分の多くは、AIの大きさ(=パソコンの性能)に行き着くので、もっと高性能な機械でより賢いAIを手元で動かせるようになれば、たぶん一段景色が変わります。それまでは、この工夫でしのぎながら使っていくつもりです。