町工場とAI 第3弾:「IT人材が足りない」と言っているのは、いったい誰なのか
- ⏱ 約9分で読めます - 👁 … views第2弾では「AIを使って自分たちで作ってみよう」という話をしました。今回はもう一歩踏み込んで、「自分たちが欲しいと言っているIT人材は、そもそも不足しているのだろうか」という問いから発展させてみます。
求人サイトに「未経験者歓迎、月40万円」と書いても応募が来ない。かと思えば、知人の紹介で会った30代のエンジニアは「今の職場より100万は上がらないと動きません」と言う。同じ「IT人材不足」という言葉の下で、こんなにも違う光景が起きているのはなぜでしょうか。
答えは単純です。「不足」と言っている人が違えば、不足の中身も違うからです。町工場の経営者が採用や外注の場面で実際に出会う4種類の「不足」を見分けたうえで、最後に採るべき現実的な一手まで整理します。
大企業の役員が言う「不足」は、財布の中身が違う
大企業やIT企業の経営層がインタビューで語る「AI人材が足りない」は、額面通りに受け取ってよい話です。AIエンジニアの求人は前年比で3〜4割増え、フリーランスでも月単価80万円台という水準が見られます(人材紹介会社の集計が中心で、公的統計での裏付けは未確認)。値段が上がっているなら、椅子の数より人の数が少ないということです。
ただしこの「不足」は、月単価80万円を払える体力がある会社の話です。町工場の採用予算とは前提が違います。危機感を持つのは自然ですが、それが自社に当てはまる不足なのかは、まず確認が要ります。
SES業者が言う「不足」は、値段を上げたくないという意味
外注先を探して人材紹介会社やSES(システムエンジニアリングサービス)業者に相談すると、「今どこも人手不足で、良いエンジニアはなかなか」と言われます。この「不足」が指しているのは「安く使えるエンジニアの不足」です。
公正取引委員会の調査では、最終下請け企業の約33.5%が「何もしていない中抜き業者の存在を実感している」と回答しています。たとえば業界慣行としてよく語られる水準で仮に試算すると、エンド発注が100万円でも、元請け・1次請け・2次請けがそれぞれ13〜15%ずつマージンを抜き、実際に手を動かすエンジニアの手取りは40万円台前半まで落ちるケースがあります(マージン率は公取委調査の数値ではなく、業界でよく語られる相場観に基づく仮の試算です)。公取委が2022年に「優越Gメン」による立入調査を始めたのも、この中抜き構造が問題視されている証拠です。
この階層で人が集まらないのは、人がこの世にいないからではなく、その手取り額で働きたい人が減っているからです。値段を上げれば供給は増えるはずですが、多重下請けの構造では値段を上げる余地が現場まで届きません。外注先から「不足」を理由に高い見積もりを提示されたときは、その値段が中抜き構造を経由した金額だと考えておくとよいでしょう。
未経験者が言う「不足」は、むしろ逆
一方、求人サイトに「未経験者歓迎」と出しても応募が集まらないと悩む町工場は少なくありません。ここで起きているのは不足ではなく、ミスマッチです。プログラミングスクールの卒業生や未経験の転職希望者は、むしろ数として余っている側です。企業側は即戦力を求め、未経験者側は経験を積める場所を求める。求めているものが噛み合っていないだけです。
経済産業省「IT人材需給に関する調査」(2019年)は、従来型IT人材(運用・保守中心の層)が余剰になるという推計も同じ調査の中で示しています。先端は不足、従来型は過剰という二極構造が同居しているのです(余剰数はシナリオによって幅があり原本での突き合わせは未確認のため、ここでは構造のみを事実として扱います)。採用面接で未経験者に会って「思っていたスキルと違う」と感じるのは、不足のせいではなく、そもそも別の層の人材を見ているからです。
町工場自身が言う「不足」は、そもそも市場に存在しない人材の話
では町工場自身が「IT人材が足りない」と言うとき、何を指しているのでしょうか。採用面接で経営者が求めているのは、「自社の受発注や在庫の流れを理解した上で、安くDXを実装してくれる人材」です。この人材像は、大企業からSES業者、未経験者まで含めて探しても、ほぼ見つかりません。
業務理解と技術力を両方持つ人材は、自社で時間をかけて育てるか、高い対価を払って外部から引き入れるかでしか手に入りません。「安く」という条件をつけた瞬間に、市場から静かに消えます。町工場が直面しているのは「IT人材が足りない」問題ではなく、「安価に業務理解込みの人材を調達できる市場が、そもそも存在しない」という、成立しない期待の話なのです。採用面接をどれだけ重ねても、この期待は満たされません。
4つの「不足」を並べてから動く
大企業の不足は財布が違う話、SES業者の不足は中抜き構造の話、未経験者の不足はミスマッチの話、町工場自身の不足は最初から存在しない市場を探している話。「IT人材不足」というひとつの言葉が、別々の4つの現象を指していたことが見えてきます。
採用面接で応募が来ないとき、外注の見積もりが高いとき、「人手不足だから仕方ない」で片づける前に、誰が不足を語っていて、その人が適正な対価を払う気があるのかを確認してみてください。次に取るべき手が変わります。
採用競争に加わらず、内製化に賭ける
存在しない市場を探し続けるより、社内に武器を持たせる方が現実的です。具体的には4つの動き方があります。
1つ目は、社内に小さな試作枠を作ることです。在庫管理の一覧表を自動更新する、見積書の雛形を整えるといった小口の改善は、専門のプログラマを新規採用しなくても、生成AIツールの支援を受けながら既存の社員がこなせる範囲に入ってきています。
2つ目は、現場の人間にITスキルを足すことです。業務を理解している現場社員に生成AIの使い方を身につけてもらう方が、業務を知らない外部の技術者を高い対価で探すより早く成果につながります。
3つ目は、発注そのものを先端領域と従来領域で分けることです。セキュリティや基幹システムの刷新のような専門性の高い部分は割高でも専門業者に任せ、日常の小口改善は内製に回す。ひとつの発注として一括りにせず、必要な部分だけ市場価格で買う判断です。
4つ目は、存在しない人材を外に探すのではなく、自社で育てる側に回ることです。「安く即戦力」という条件を外して「育成の場を提供する」という条件に置き換えると、これまで存在しなかった人材の受け皿を、町工場自身が作れます。人手不足を嘆く側から、人を育てる側に回るという選択肢です。具体的な受け入れ方は後述します。
人材獲得競争という土俵で戦うより、自社の中にすでにいる人が生成AIツールを使って武器を持つ方が、勝算のある選択になりそうです。第1弾で触れた「職人の右腕」としてのAI活用、第2弾で試算したデザイン・プログラム代替のコスト構造にもつながる話です。
「IT人材不足」という言葉を聞いたら、まず誰が言っているかを確認する。それだけで、採用を諦めるべき話なのか、そもそも存在しない市場に期待していただけなのかが見えてきます。
町工場が「人材を作る側」に回る
4つ目の選択肢、育成の場になるという話を詳しく見ていきます。町工場が求めているのは業務理解と技術力を両方持つ人材でした。この人材は外部の市場には存在しないので、内部で作るしかありません。そして「内部で作る」相手は、必ずしも自社の社員に限りません。副業や業務委託、短期のインターンといった形で、業務理解を積みたいIT人材を外から迎え入れ、現場を経験させながら育てるという道があります。
業務理解と技術力を両方持つ人材は、IT業界では「金融系SE」「製造業系SE」のように業界名を冠して呼ばれ、IT企業やSIerが正社員を実務に投入しながら育ててきました。ただしこの育成モデルは、IT人材がIT企業に正社員として所属していることを前提にしています。ITフリーランス人口は2024年に35万人を超え、2028年には45万人に達すると見込まれており、正社員以外の働き方が広がる今のIT業界では、この前提そのものが崩れつつあります。企業に所属しない人材を誰が育てるのかという空白が、そのまま残っているのです。
この空白を埋める場所として、町工場が名乗りを上げてもいい理由があります。業界特化の人材をIT企業の中だけで育てられなくなったなら、業界を教える側に回れるのは、その業界の中にいる企業しかありません。フリーランスとして経験を積みたい人や、これからIT技術者としての道を進みたい初学者に、町工場が現場で経験を積む場を与える。それによって、外部の人材市場を追いかけるのではなく、自社に理解のある人材を育てて囲い込む道が開けます。受け入れる側として、どんな人と組めば話が早いかを3つ挙げます。
1つ目は、汎用スキルの一覧で自己紹介してくる人より、業務プロセスに踏み込んだ提案をしてくる人です。「Python、React、AWSができます」という話は、技術力の証明にはなっても、業務理解の証明にはなりません。「見積もりから発注、入金までの流れをどう自動化できるか、御社の場合で考えてみました」まで踏み込んでくる人の方が、育成に時間をかける価値があります。
2つ目は、短期の実地経験を求めてくる人です。中小製造業の現場に数週間から数か月単位で入り、受発注・在庫・原価計算がどう回っているかを実際に見たいという申し出は、そのまま育成の受け入れ口になります。業務理解は座学では身につかず、現場を見た回数でしか積み上がりません。
3つ目は、業界を1つに絞ろうとしている人です。「製造業のDXに強くなりたい」「金属加工業の受発注システムに詳しくなりたい」という人は、広く浅く何でもできる人材よりも、育成後に自社との関係が長続きしやすい相手です。
安く業務理解込みの人材を外部に求めても市場には存在しませんが、業務理解を身につけたいIT人材を受け入れて育てる側に回れば、話は変わります。人手不足を嘆く側から、人材を作る側に回る。これも、採用競争に加わらないという選択肢の一つです。